虹の書斎

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ゼラニウム

 

まっすぐ伸びる細い茎の上に、

密集して咲く花がぽっこりと丸くて、

どことなくぼんぼりや小さな提灯を思い起こさせる形。

その姿で風を受けると、

メトロノームみたいに花房があっちこっちに揺れるものだから、

思わず頬がゆるんで、目尻も下がってしまう。

 

数多く一斉に花開いていると、薔薇やカーネーションに似て見える。

思いのほか艶やかな装いは、侮れない豪華さだ。

真紅や赤、オレンジやピンクに白、バイカラー…

カラフルな挿し色のようにその場をパッと明るくさせて、

目にしたこちらの心にも、

驚きや高揚をもたらし、喜びを運ぶ。

 

会話が弾んでいるの?と聞いてみたくなるような、

隣り合う花たちの賑々しい元気さ。

 

わぁ…と顔がほころび足を止めて見入ってしまう、

花たちのその素敵で甘やかな愛らしさ。

 

今、チャーミングなゼラニウムが至るところで咲いている。

住宅や店先にある鉢植えやハンギングプランターに。

マンションの植え込みや大通り沿いの花壇に。

バリエーションのある花の色が、

見慣れた風景の中、彩りを添えている。

 

 

生命力を感じさせる色みと、愛嬌のある玉状の花房。

その絶妙な取り合わせが束になって満開となると、

溢れんばかりにその場にいっぱいの花たち!…

みたいな華々しい格好にもなり得るし、

もしかしたら多少うるささも認められそうなものなのだが、

どうもゼラニウムはそんな風にはならない。

 

単体一つ一つを、花をそばで観察していると、

優しみのある可憐な質感が滲むように伝わってくるというか、

控えめであり…むしろ慎みが感じられる。

溢れるようにいっぺんに咲き栄えても仰々しくなり過ぎない理由、

他の色とりどりの花々ともぶつからずに調和し、不思議と周りの花の魅力は消し去らない意味が、

ここに読み取れる気がする。

小さな小さな花も、ゼラニウムのそばでは掻き消されない。

愛くるしい表情を見せて微笑むのである。

 

自らが鮮やかに光りつつも、

そこにある空気感は壊さずに他の花々と馴染んで、

場を構成するパーツの一つとなっていく…。

一歩引いてというよりは、一歩前に出ることをせず、

周りとの兼ね合いを図るようなスタンスをとる。

ゼラニウムにはバランサーのような資質、特性があるのではないかと思えてくる。

個の主張やアピールよりも、バランスの方をメインテーマとする生命の在り方。

立ち位置を自ら変えられる花のように見える。

 

 

そんなゼラニウムは、、

人と自然がハートでブレンドされるような心地よい共生の関係を、

生活圏の中で優しく、そして易しい形で演出・サポートしてくれるありがたい存在だ。

生活する人のそば、日常の暮らしの中で、

バランスを取るその役目を果たすかのように、

無理なく何気なく、場に快い雰囲気を生みだす素地の一部となって、

馴染んでゆく。

 

居間の小さな鉢植えや、庭の花壇や植え込みから、

灯火のように朗らかな色で周囲を明るく照らしたり。

己れの柔和さを波に変えて、花を通して、

まわりに安心の気を溶かしつつ、調和の息吹をもたらして。

 

 

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馨公