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虹の書斎

花散策 テニス(Rフェデラー• 観戦感想) 健康 肌ケア 音楽 時事 詩 雑記etc

菜の花と過ごす午後

 

開花し始めてからもうひと月以上になるけれど、

まだまだ元気。

川べりや田の畦、農地や庭など、

今も至る所で花咲く姿を見せてくれている菜の花。

 

鮮やかな黄色が太陽の光を浴びて、

さらにキラキラと輝いている。

15時過ぎ頃は黄金感もピークといった様相、

直視が難しいくらいに、まばゆい感じだ。

 

風に揺れながら、菜の花達が気持ちよく何か歌を歌っているみたい。

その調べは風に乗り、

楽しげな歌声が辺りに渡り響いて、

春の平和が波のように田園に広がっていく…

 

そんなふうに、

菜の花の風景は軽やかに穏やかで明るく、

こちらの心へ朗らかに触れてくるものだから、

気持ちが自然と和んでしまう。

 

元気やパワーそのものを手渡してくれるというよりも、

ワァ〜と心を広げて笑顔にしてくれる、燦々の花。

菜の花達に囲まれて過ごす午後は、

黄色と光いっぱいの世界。

 

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馨公

八重桜

 

重なり合う何枚もの花びらがフサフサしていて、

小さな芍薬(シャクヤク)のよう。

たくさんの花が寄り集まり、さらに大きな一つの花を創り出す。

数えきれないほどのそんな「大輪の花」が、

枝もたわむような勢いで咲いている。

「たわわに花が咲き実ってる」と表現するのがふさわしいくらいかも…

などと思えてくる八重桜の花姿。

空間を埋め尽くす充溢の趣で、今満開を迎えている。

 

白から桃色に至る鮮やかなピンクのバリエーションが美しい。

一つ一つの花にふっくらとした愛嬌があって優しいけれど、

ものすごい数が一気に咲いて、

しばらく花びらが落ちないものだから、

まるで花の詰め物をしたみたいに、ぎっしりたっぷり。

ボリューム感の印象の方が目立っている。

 

ソメイヨシノが開花している時の存在感には、

「豊かな広がり」とか「風に舞う花びら」のような、

のびのびとしたスペースや動き・移ろいが感じられるが、

八重桜の開花時を同じようにイメージで捉えると、

「凝結、濃密、生成、繁茂、老成」など、

むしろ内向きに集約する力がグッと効いている感じがする。

 

青空の下、

子供のように可愛らしいクリアで純真なエネルギーが、

花に光り乱舞し始め、

そして木全体からは、

それとは真逆の、老練の慈愛が霞のように滲みだす。

枝や葉から少しずつ、その独特の滋養が溢れて、

辺りを煙るように染め上げていく。

 

嫗(おうな)の年季の入った寛容と、

翁(おきな)の渋い優しみが同居する風格で、

どっしりと佇む八重桜。

独特の深いオーラにチャーミングで美しい花がキラキラ輝いて、

ハッとさせられる。

 

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馨公

桜との縁(えにし)

 

子供の頃、家の近くに桜並木の二車線道路があった。

ソメイヨシノが開花し始める頃になると、

通り沿いの一本一本の木に提灯が吊るされて、

多くの人が訪れるお祭りが開催された。


 

道の両側から空中に、溢れんばかりに覆いかぶさるソメイヨシノ

その薄ピンクの花がこしらえる、数kmに及ぶ美しいトンネル。

春本番の景色が、どこまでも続くように見える通りは、

お祭りの際には歩行者天国となった。


アニメのキャラクターやおかめひょっとこのお面。

色とりどりの水ヨーヨー風船。

金魚すくいに興じる子供や、手をつないでそぞろ歩きをする親子。

あんず飴や綿あめを手に、或いはたこ焼きを食べながら行き交う人々。

 

途切れることのない人出で賑わう通りには多くの屋台が出店し、

子供心にも胸打たれ、絶句するような繚乱のソメイヨシノの世界も、

その時ばかりは、焼きそばやお好み焼きの美味しい匂いが漂うような、

お祭り仕様となるのだった。

 
朝から晩までワクワクと気分高揚したまま、

花盛りの中、春を愛でるお祭りを満喫したり。

満開の下、花を見ながら沿道をプラプラと散歩して、

揺れ落ちる花びらに目を奪われたり。

 
ソメイヨシノを主とする桜の並木道の存在は、

祭りの週末も、生活音に満たされる日常においても、

住民達の安心感の素地、心の寄るべそのものだった。

地域に平和の息吹をもたらす桜は、

生活の中に根付く「共に生きるもの」であった。

 


高校の通学ルートの途中にある土手の上1kmに渡って、

大きなソメイヨシノが立ち並んでいた。

白に近いピンクがこんもりとして盛大な、満開のソメイヨシノ

朝と夕、川沿いに連なるその様に心奪われた春は、

花観賞に臨む人たち、楽しげに花見の宴会をする人たち、

しあわせそうな笑顔と遭遇する春でもあった。

 
社会人になってまだ間もない頃に暮らした街は、

桜の名所のようなところだった。

駅前の並木のみならず、街中から住宅地に至るまで、

幾種類もの桜が当たり前のように植えられ花をつけた。

近所のスーパーへの行き帰りや散歩道の街角が、

いきなり格別な装いで現れたみたいなその風景美に驚いて、

足を止めては花を愛でたり、写真を撮ったりした。

 

そして、ずいぶんと月日を経た今。

早咲きの河津桜や緋桜のあとを受けて、

近所の大通りや、雑木林、田んぼ端、川沿い、丘の上、小さな公園や駅前の広場など。

ソメイヨシノは目の前の圧巻の満開姿から、遠景に白い霞のように立ち現れる花姿まで、

今年も見応えのある花模様を、存分に見せてくれた。

 


独特の濃いピンクが華やかで美しい早咲きの桜花。

優しく淡いピンクが、湧き立つように豪華に花咲き栄え、

膨大な花びらが風に乗ってハラハラと舞い散るソメイヨシノ。


 

何十、何百、何千、何万…

誰にとっても身近な桜との、時を超える関わり。

太く濃い絆で結ばれる、人と桜との縁(えにし)の物語。 

誰もが皆それぞれにそれぞれの桜との歴史…

忘れられない出来事、心揺さぶる思い出が、

存在しているのだろう。

 

先日、花散らしの冷たい雨が降った。

ここのところの強風が花吹雪を巻き起こし、

川面には大小さまざまな花筏ができている。

ソメイヨシノは春を先へと進めるGOサインのように、

自らの花びらを手放して、すでに新緑へと向かい始めている。

 

今年もまた1つ、今年だけの、

桜の花、ソメイヨシノの花との物語が紡がれた。

 

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馨公

 

ATP1000マイアミもフェデラーの優勝

 

インディアンウェルズに引き続き開催された、

今年2戦目のマスターズ大会となるマイアミ・オープン。

 

今年はNo.1マレーとNo.2ジョコビッチをはじめ、

ツォンガやモンフィス等の上位選手が怪我や私的な理由により欠場。

他の選手にとってはポイント獲得のチャンスが広がる状況のもとで、

大会は始まった…のだが、

ティエム、チリッチやディミトロフといった、シード選手が早い段階で敗退し、

ラオニッチも怪我のために棄権を余儀なくされ、

トップシードのワウリンカは4回戦で、

錦織選手も準々決勝で残念ながら敗退した。

 

暑さと湿度による過酷なコンディションが、

選手に忍耐を強いる中で行われた決勝は、

ナダル vs フェデラー

因縁の場マイアミでのライバル対決は、今年3度目のマッチアップ。

試合は、駆け引きが緻密に行き交う密度の濃いストロークの応酬で、

程よい緊張感が終始保たれた、見応えある内容だったが、

結果だけを見れば6-3,6-4というストレートのスコアでの決着となった。

 

優勝は、ロジャー・フェデラー

インディアンウェルズに引き続き、2大会連続、

マイアミオープンは通算3度目、

マスターズ1000は通算26勝目の優勝だった。

 

マレーとジョコビッチが怪我で休んでいたり、早期敗退したり…、

好不調はさておきビッグ4の2人が不在という組み合わせの妙も、

もしかしたら多少は関係あったのかもしれないが、

2017年はここまでのところ、

フェデラーのバリエーション豊かで華麗な高速テニスは完全に他を圧倒し、

誰もフェデラーを攻略できていない。

男子テニス界を支配し、独壇場となっている。

 


インディアンウェルズでは大変な死のブロックができあがって、

テニスファンからすれば、どうなるのだろう…誰が勝ち上がるのか…と、

ワクワクソワソワするようなラインナップだったが、

死のブロックから全試合ストレート勝ち、

優勝したのはフェデラーだった。

 

オーストラリアでは、

錦織圭、ワウリンカ、そしてナダルとのフルセットを越えての優勝であり、

マイアミにおいては、

ベルディヒ、激闘となった準決勝のキリオスとの試合、

そしてナダルとの決勝を越えて、優勝した。

 

ストレートで軽やかに勝利…であれ、

数々の拮抗した試合内容でのギリギリの勝利…であれ。

多くのトップランカー達を実力で撃破し、

次代のエースの、若手らしいパワフルで躍動感のあるテニスと真っ向からぶつかり、

その上で、オーストラリア、インディアンウェルズ、そしてマイアミの3大会で、

35歳で!優勝を果たしたのだから、

文句のつけようがない王者ぶりである。

本当にフェデラーは凄い…。

 


年齢と老化、怪我。パワーやスタミナの衰え。疲労と回復力…。

フルスロットルでプレイし続けることが叶わない条件で、

では最良はどれか?押すのか引くのか?

どういうバランス、配分が最適なのか?

事前準備とともに、その時その相手に合わせて臨機応変にシステムを変更し、

頭を働かせ身体と連動させて、

その時その相手への最適を最高のレベルで抽出・選択して、

最強を提示するテニス。

 

今年のフェデラーを観ていると、

そういう類の細やかで綿密な調節を、

常に瞬時に行っているような印象を強く受ける。

 

まだまだ1年の序盤。

年齢からすれば、休み休み進めたとしても、

他の選手よりも疲労が蓄積しやすく回復も遅いかもしれないフェデラーは、

ここからのクレーシーズンを休養にあてるとコメントしている。

全英、全米など、得意とするサーフェスの大会はまだまだ幾らでもある。

今年の獲得ポイントはすでに4000を超えてダントツであり、

ツアーファイナル出場も、怪我や何らかのトラブルなど、

余程のことがない限り、もう確定したとさえ言えそうなレベルにいる。

 


マレーやジョコビッチ、その他のトップランカー達は、

休みを経てリハビリを越えて、更に脱皮して現れたそんなフェデラーと、

進化を遂げて開花したその高速のテニスを見て、

何を思うのだろうか。

フェデラーバージョンの最先端テニスを、最年長者自らが創出しコートに戻ってきて、

素晴らしく研ぎ澄まされたそのテニスで世界中を虜にしている。

 

その精神の気高さとテニスへの計り知れない愛と献身。

勝負へのこだわりと、プレイすることを楽しんでいる姿。

脱帽だ、という尊敬、称賛の思いは皆あるのかもしれない。

けれども、フェデラーの頑張る姿にハッパをかけられて、

負けてたまるか、という気持ちが、

フツフツと他の選手の心の中で湧いてきていてもおかしくはない。

 

ここからは全仏までクレーのシーズン。

マレーやジョコビッチも戻ってくるし、何よりクレーのナダルが楽しみだ。

そして、今後ずば抜けた活躍をしそうな、A.ズベレフとN.キリオスからも目が離せない。

もちろん錦織選手も怪我さえ良くなれば、欧州のクレーとは相性もよいし、

屈指のリターナーの力が発揮されることになる。

 

想像もつかないほど昨年とは異なる3ヶ月、

今年の序盤が終了した。

 


馨公

メンズ・セルフエステ 3

 

2からの続き

 

肌ケアを励行するような男性が今に比べてまだまだ少なかった頃に、

メンズのコスメやエステ市場開拓の動きをにらみ、

実施を試みた対男性のエステ講習。

今でも不意に、

中高年男性陣のあの喜びにあふれた無邪気な笑顔が、

脳裏をよぎることがある。

 

男の美にまつわることに、自然発生的に恥ずかしさや忌避感を感じ、

男性の肌ケアに対しては「男らしくないから…」と、

心理的・感情的に否定含みの反応を示す中高年世代。

育ってきた時代の影響や、未知のエリアのことであるが故に、

食わず嫌いや偏見のような壁をもってネガティブに捉えてしまうのは、

仕方がないことなのかもしれない。

 

ただ中には、本当は肌ケアに興味があり、

可能なら試してみたい…できるようになりたい…

と密かに思っている人や、

いざ試してみたら楽しい…

と肌ケアへの態度を改める人もいるかもしれない。

その潜在的な数は決して少なくないだろうと、

あの講習での参加者達の笑顔が教えてくれているように思う。

 

知るきっかけ始めるきっかけ、その手立てがなくて、

できないままになっている男性が、今も世代問わずいるとしたら、

それはとても残念なことだ。

例えば、男性は毎日のように髭を剃るが、

肌表面を刃でこそぎ取られるダメージを日々受けている肌には、

美容というより健康に寄与する意味での予防・防御が必要であり、

肌のケアを通しての適切な保湿・保護がマストだからである。

 


今ではメンズエステという言葉を、

当たり前に見たり聞いたりするようになった。

男性用のコスメブランドは、以前と比べてずいぶん立ち上げられ、

肌ケア商品も、用途に合わせて幾種類も発売されている。

若い世代を中心に、肌のケアをきちんと心がける男性が増え、

生活習慣の中にすでに浸透していることを窺わせる。

 

世の中を見ても、

例えば、販売・接客業を仕事にしている人や、

女性を相手とする仕事などに従事する人には、

整った清潔感のある肌の人が多い印象がある。

社会人としても、エチケットやマナーとしても、

きちんと意識して手を入れていることが見て取れる。

 

「男だから肌のケア不要」という、

ネガティブな観念でできた分厚い壁を何とかできないものか…

誤った認識なのではないか、もうその古い型は手放してよいのでは…

そう常々思ってきたが、

「男子の美」もしくは「男性の整い」に慣れ、受容しつつある今の社会には、

むしろそれを男性に要求する風土ができてきているように見える。

デフォルトとして、暗黙のうちに男性に肌ケアを促進する社会…

いつの間にか潮流は変わっていたようである。

 


「美」というよりは「整」「清」をメインの目的として、

個々人を代表する場でもある顔を、肌を、

健やかに保つサポートをする男性の肌ケア。

 

男性が肌を整えることをポジティブに捉え、

シンプルに肯定することができる世代が

これからの社会やトレンドの主導権を握っていく。

大袈裟な言い方かもしれないが、

男性の美と健康、肌ケアなど。

新しいパラダイムが構築される道の、

今は途上を進んでいる…ということなのだろう。

 


馨公

メンズ・セルフエステ 2

 

1からの続き

 

理論講習が無事に終わり、

続けてセルフ・フェイシャルケアの実技講習がスタートした。

 

まず洗顔をし始める。

顔を濡らして、洗顔料を指先に取り、

適切に馴染ませつつ全体にのばしていく。

直線的に肌をゴシゴシとこすると、強い摩擦が皮膚に過剰な負担をかけるし、

それでは汚れは取りきれない…との示唆。

小さくクルクルと円を描くような動きで…と指導が入る。

洗顔に続けて、

今度は使用量に注意しながらコットンに化粧水をとり、整肌をする…

 

インストラクターは過度に介入することなく、

1人1人の状況をチェックしては、

必要なアドバイスや適切なサポートを速やかに示して指導する。

参加者は一つ一つの工程作業に気を付けて、

分からないながらも近くの人と確認し合ったり、周りを真似てみたりして、

試行錯誤しつつもインストラクターの導きに従い、道筋を辿っていく…

 


洗顔、ディープクレンジング、簡単なフェイシャルマッサージ。

各人が自分なりに工夫して、セルフでフェイシャルケアを施していくうちに、

いつの間にか肌ケアをする参加者からは、

自意識過剰さや羞恥心が消え去っていた。

最後に仕上げのクリームを塗布する頃には、

クリームを伸ばしたり肌に入れ込んだりする手指や掌の使い方も、

ずいぶん様になっていた。

 

講習を開始した頃は本音ではイヤイヤの参加、逃げ腰的だった空気感。

それが実技講習が進み、知らなかったノウハウを実技を通して学ぶにつれて、

皆それぞれがケアすること、手技そのものを楽しんで、

場の雰囲気はまるで別の物へと変わっていった。

そして、お互いの肌の仕上がりを確認しては評価し合ったり、

自分でも知らなかった、本来の肌ツヤを見て驚く人がいたりと、

終わりの頃には、大変な盛り上がりとなったのである。

 

鏡を見て、自分の仕上がりを相当に喜んで、

目をキラキラさせて嬉しそうにしている姿。

実際目に見えて肌が整いキレイになったと、

ある種乙女?ようにはしゃいでいる男性達の姿は、

かなり微笑ましいものがあった。


よそよそしく、おどおどと、少し威丈高で、

それぞれさっきまで作っていたあの壁はいずこへ…

と思うところ無きにしも非ずではあったが、

こちらも参加者のそうした喜ぶ姿を見て、

心からの満足感とともに、素直に嬉しさを感じたのだった。

 


本来の健康な状態に近い、潤いのある血色の良い素肌には、

人を自然と喜ばせる美しい力が、そのように備わっている。

実際に自分の目でそれを見ると、女性だけでなくおじさんであっても、

いや、おそらくは自身の健康な素肌を見慣れていないおじさんだからこそ、

そんな風に嬉しさや喜びや快さをより一層感じて、

思わず笑顔になってしまったのかもしれない。

 

自分自身の本来に触れる、触れたというような感激や、

自分自身の肌のもつ健やかな美に気付き、驚きや喜びの実感を味わってもらうこと。

別世界のものとみなしてきた肌ケア、フェイシャルケアの、

その知識と実技のやり方を知り、

自分で実際に行い経験してもらうこと。

そういった体験、体感をしてもらえたらと願い行われた講習は、

予想以上に良い結末を迎え、

成功のうちに、無事終了した。

 

3へ続く

 


馨公

メンズ・セルフエステ 1

 

以前、勤めていた化粧品関連の会社で、

男性のための簡単なセルフ・フェイシャルケア講習、

つまり自分の肌を自分自身でケアしてもらうための実技講習を、

実施したことがあった。

 

その講習参加者のほとんどは、

髭剃り後にアフターシェーブローションを使用するくらい、

もしくは、普段から何もケアらしきことはしていないという、

肌知識も基礎化粧品知識も、実技をしたことも施術を受けたこともない、

40代中心の、典型的な日本のお父さん達。

 

その現場にいることに気恥ずかしさを感じている人。

所属する会社の命を受けての参加だから…とあえてクールに振る舞う人。

男にはどうなんですかねぇ…

と周りに話しかけて、不安を解こうとする人。

 

自分の顔を卓上ミラーで見つめながら、自ら人前でフェイシャルケアをする…?

 

まるで関係ないと思ってきた肌ケアなるものと、仕事とはいえ、こんな形で向き合うことになるとは…

 

この目の前に置かれているコットンや小さい容器も「自分が」使うんだよなぁ…

 

表し方はそれぞれに違っていても、

未知のことへの緊張を滲ませつつ、

ため息混じりの心の声が漏れ聞こえてきそうな面持ちで、

講習開始を待っていた。

皆、居心地が悪そうだった。

 


肌知識や化粧品のこと。

フェイシャルケアの工程や流れについて。

実技以前に理論の面においても、

ある程度分かっているところから学ぶ女性受講者とは異なり、

初心者の男性は全く手がかりがなく、まさにゼロからのスタートとなる。

 

内容を把握し、さらに興味を持ってもらうため、

そしてその後のスムーズな進行のためにも、

理論内容やその理屈、背景や歴史などの知識を、

頭、言葉で短時間のうちに理解してもらう必要がある。

知識を得て分かった状態になれば、

「知」そのものが前向きに取り組むモチベーションともなるし、

又、拠り所ともなってくれる。

不得手なことに挑もうとしている参加者達、

やや引き気味の企業人兼お父さん達を、

前のめりにし飽きさせないこと。

講習会の成功は座学にかかっていた。

 

ところで。

一般的に見て、中高年男性にとっての肌ケアは、

自分たちとは関係ない壁の向こう側のもの、女性の世界のもの、

というような意識がある。

特に高齢だったり、生まれ育った地域の風土習慣によって、

「美と男は相容れない」

「男たるもの」

の教えで育ってきたような、

「美」は男性性を毀損すると考える世代の男性には、

肌ケアとか保湿・保護クリーム、化粧水というようなワード自体が、

羞恥心やおののきを感じさせたり、

心理的な抵抗感を煽る一因となる。

 

「美ではなくて整」

「肌を整えることは美容というより健康につながる」

「エステではなく、男性の場合はエチケットの枠組みで」

のように、

男性が「理性的に」肯定しやすく、受け止めやすい概念を用いたり、

言葉を言い換えたり工夫することで、

肌やケアに対する、未知であるが故の不安や思い込みを取り除いていく。

女性の講習では、そのような作業を理論講習において、

同時進行で加えていくことはしない。

それは対男性、特に対中高年ならではの方策であった。

 

2に続く

 


馨公

ハクモクレンの花の魅力

 

なめらかで美しい白。

ハクモクレンの花の密度の濃い白色は、

濁りがなく均質なため、

光を受けると輝くように浮かび上がって見える。

 

厚みのある大ぶりの花びらが1枚1枚ゆったりと開いている姿には、

華美さではなく、むしろ慎みを感じるが、

花の豊かな存在感には堂々とした威が漂い、

優美でノーブルな落ち着きを醸している。

 

そんなハクモクレンは一方で、

枝先から唐突に大きな花が咲く様子に、

どこかぶっきらぼうというか、プリミティブな印象もあって。

エレガントな花姿とは裏腹に、

生命としての素朴さのようなものも窺わせる。

 

太古と洗練。

朴訥さと上品さ。

焦げ茶色で剥き出しの枝に、蓮に似た真っ白な花。

そうした対比、ミスマッチが同居しているからこそ、

ハクモクレンの麗しさや魅力は、

より際立って目に映るのかもしれない。

 

包み込むようなたっぷりの白の集積。

花のそばに居て観賞していたら、

安堵感にも似た静かな感慨と、

優雅でソフトな情感をふわっともたらしてくれた。

 

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馨公

 

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