虹の書斎

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ウィンブルドンはフェデラー優勝


ウィンブルドン、男子シングルス決勝。

 

大会を通じて1セットも落とすことなく勝利してきた、老練の芝の王者ロジャー・フェデラーと、

錦織圭選手に勝利したあの全米以来、久々の四大大会の決勝進出であり、

ウィンブルドンにおいては初めて決勝まで勝ち上がったマリン・チリッチ

タイプは異なるけれども、ともに高いサーブ力を誇る2人、

サービスキープが連なる展開になるのだろうか?

第3シードと第7シードによる決勝となった。

 

 

どちらの選手も序盤は緊張していたようで、

40-40にもつれ込む展開の中にどこかぎこちなさがうかがえ、フォルトも多かったが、

チリッチはフォアハンドのショットが効いていて、

ややフェデラーの方が押し込まれていた。

それでも双方サービスキープをしていくと、

時間とともに試合が落ち着き始めた。

 

ただサーブの名手チリッチのファーストの入りがひどく悪い、緊張のためなのか?

徐々にリズムが整ってきたフェデラーの精度が、いつものように高まっていく。

チリッチが苦手とするバック側へ返球を集め、

最後フォアへと早い打点から打ち込むパターンがはまり出す。

フェデラーのなめらかな動き。

サーブが依然として入らないチリッチ。

フェデラーはチリッチの心の中を読みきっているかのように、自在にテニスを展開し始め、

徐々にチリッチはミスが重なり始め、

表情が泣き顔のように悲痛になっていく。

 

 

2セット目の3ゲームが終了した後のベンチ、

タオルをかぶり涙を流しているチリッチ。

椅子から立ち上がれない。

何が起こったのだろうか?

その後3セット目に入る際にメディカルタイムアウトを取って、

左足裏の豆に対する処置を施すところが映し出されていたが、

その痛みのせいの涙だったのか…?

  

サーブが入らない。思い通りにいかずミスが重なる。

フェデラーはエンジンがかかり出し、いつものように自由自在になってきている。

どうしよう、何とかしなくては…という焦り。

チリッチほどの選手でも、

ウィンブルドンの決勝の舞台となるとこれほど追い込まれるものなのかと、

観ていて感じられるほど、1セット目の終盤あたりからはいっぱいいっぱいな感じで、

泣きそうな表情をしているようにさえ見えた。

 

最後ダブルフォルトで第1セットを失った後、ベンチにラケットを叩きつけ、

うな垂れるように座ったチリッチ。

そして2セット目、いきなり3ゲームを連取された後に、

あのタオル越しに嗚咽するほど涙する姿へと至った。

ウィンブルドン決勝への意気込みと自身のプレーがうまくかみ合わず、

精神的にあまりに追い込まれてしまって心が溢れてしまったのだろうかと、

個人的に、その時までの試合の流れの印象とともに、そのようにチリッチの涙を受け止めていた。

 

実際のところ、チリッチはそれまでの試合中、

足を痛めているようなそぶりは見せなかったと思うが、

豆の痛みを抱えながらの、そのような流れだったのだとしたら、

痛みのせいでうまく左足に重心がかけられない、体重を乗せられない苦しさや、

決勝の舞台で力がうまく出せない辛さなどがない交ぜとなって、

あの必死の形相を生み、

そしてこらえきれない思いが涙となって溢れてしまったのかもしれない。

サーブが不自然なほど入らなかったのも、足の痛みと無関係ではなかったのだろう。

 

 

フェデラーの心の中は推し量れないが、

表向きは何も変わらずに自分のペースを貫き、

2セット目も6−1で連取した。

チリッチは自分を鼓舞し、何とか気力を振り絞り、

果敢にネットに出て、フェデラーに挑んでいた。

3セット目になると、

観衆もずいぶんとチリッチを応援する声が増していたようだ。

 

しかし、ここぞというところで、

流れに関係なくベストのサーブとショットを繰り出し、

たった1打で局面を決定させるフェデラー

最後まで、チリッチに主導権を譲ることはなかった。

結果は6-3,6-1,6-4のストレートでフェデラー勝利し、

大会を通じて1セットも落とすことなく、

男子シングルスにおける、ウィンブルドン歴代単独トップとなる、

8度目の優勝を果たした。

 


芸術作品のように美しく、しなやかに舞踊するかのように軽やかなフォーム。

 

ギクシャクと角張ったところがまるでない、流麗かつスムーズな動きとそのつながり。

 

極めて早い打点からどこにでも打ち分けられる、緩急強弱前後左右自在のショットメイク。

 

どの局面からでも瞬時に仕掛けられる世界最高レベルのネットプレー。

 

試合の流れに左右されることなく、異常に高い精度でピンポイントに決められるサーブ。

 

対戦相手の目論見を読み解き、また相手からの読みには未然に察知してかわしていく洞察力。

 

ほとんどオールマイティと言えるほどの数多い手札を、適材適所で使いこなす判断力と自在性。

 

窮地に見える場面でも決して破綻しないテニスと、破綻させない強靭で堅固な勝者の精神力…

 

体力やスタミナの点では、絶対的に若手選手には敵わないところを、

豊かな経験や智慧を支えにして揺るぎないメンタリティと、

サーブ、ストローク、ボレー、ロブ…高性能で多彩な武器を駆使することで、

フェデラーは高い年齢ゆえの弱点を帳消しにし、

さらに補って余りあるものへと見事に昇華させていた。

正直なところ、芝のフェデラーはまるで仙人や魔術師のよう…

自在の境地にいて、1人だけ明らかに次元が違っていた。

 


昨年のウィンブルドン準決勝で、

ラオニッチと戦った際にコート上で倒れ込んだフェデラーの姿。

その試合に敗れた後、ツアーから離れることになった。

史上最高とも言われるプレーを、再びコート上でみることはできるのか?

そもそも復活自体、可能なのだろうか?

期待感と不安、諦めの混ざった寂しさのようなものを感じながらも、

とにかく健康が戻るようにと願っていた。

 

年初のオーストラリアの衝撃の復活や、

インディアンウェルズ、マイアミと立て続けに優勝を果たして世界を驚かせ、

歓喜をもたらして。

クレーシーズンを休んだ後、芝の前哨戦のハレでも優勝し、

そしてまさか、このような磐石な形で、

ウィンブルドンのシングルス決勝センターコートに戻ってきてくれるとは、

昨年の今頃からは、正直かけらも想像できなかった。

 

 

今回のウィンブルドンの期間中ずっと、

フェデラーのプレーを観られる喜びをヒシヒシと感じ、

ほとんど感謝の気持ちさえ抱いて、試合を観ていた。

不思議なほど勝負そのものへのこだわりも湧いてこないまま、

ただただずっと、夢のように素晴らしい芝の王者のテニスを、

ひたすらかみしめながら観戦した。

観戦させて頂いた…の方が気持ち的には近いくらいだったかもしれない。

 

まもなく36歳を迎える、偉大なるテニスプレイヤー、ロジャー・フェデラー

ウィンブルドン8度目!となる優勝への祝福と、たゆまぬ努力への敬意と、

そして崇高なアートのような唯一無二のテニスをまたこうして見せてくれたことへの感謝を、

心から、捧げたい。

 

 

馨公

虹の便り

 

「わっ、にじだ!」

「これは見事だなぁ〜…」

 

東南の空に、結構クッキリと現れた虹。

綺麗な七色姿をひとり見上げていたら、

路肩に車が停まり、老夫婦がおもむろに出てこられた。

 

「あぁ、いいね」

「素敵ねぇ…」

 

この時期になると、

夕刻、東から東南の空にちょくちょく虹が出てくれる。

梅雨明けが近いのかな。

 

悲しいこととか、辛いこと…

心無い言動や、報われぬ理不尽…

日々、いろいろあるけれど。

 

束の間、天来の虹の便り。

 

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馨公

ウィンブルドン、セカンドウィーク

 

3回戦が終了して、ベスト16の顔ぶれが出揃ったテニスのウィンブルドン

1日お休みを挟んで、セカンドウィークがスタートした。

頂上へと駆けのぼるべく全選手がギアを上げ、

ここからは、より本気度を増した戦いが繰り広げられていく。

観ているこちら側にも、

他の大会とは異なる独特の緊張感と高揚をもたらすのもウィンブルドンならでは。

毎年変わらないのが、心地よい。

 

ただそんな中、

今年は芝のコンディションが例年に比べてひどく滑りやすいらしく、

怪我やトラブルが起こりそうで危ないと、

選手達から懸念する声があがっている。

女子ではひどく怪我を被ってしまった選手も出たりしているし、

プレー中に逆を突かれた際に滑って転倒する選手が、

露骨に多発しているのも気になる。

フェデラージョコビッチも、例年と比べて芝の状態が良くないことを挙げており、

気温が高く晴れが続いているせいで、このような事態が起きているのではと、

運営側からの見解も出されてはいるようだ。

 

そして同時に、バウンドしたボールの跳ね方がイレギュラーで、

例年の準決勝決勝あたりで見られるようなバンピーさだなと、

観ていて感じられる場面が、ファーストウィークにもかかわらず度々あった。

芝がこそぎ取られているだけでなく、

むき出しの地面も凸凹がかなり激しくなってきているのだろうが、

この時点ですでにその問題点が顕著になっていて、

果たして今後のコートサーフェスは大丈夫なのだろうか…

と不安もよぎる。

芝が荒れてバウンドが変わるというコートの状態が、

勝負の綾となり得るような芝ならではの性質には面白さもあるにはあるのだが、

とにかく各選手が怪我することなく、

プレーし続けられることを望むばかりである。

 

 

ベスト8進出をかけて行われた男子の試合。

個人的に全ての試合の観戦は叶わなかったのだが、

それぞれの選手が明らかにセカンドウィークの態勢にシフトチェンジしているようで、

ワクワクが募る。

それにしても、ナダルミュラーの5セット目、

「13–15」という結果をニュースで読んだ際には2度見してしまった。

観戦できた人にとっては、

心の財産になるような、記憶に残るような試合になったことだろう。

羨ましい限りである。

 

しかし、それほどの本気の戦いっぷりには、

観ていなくとも、戦慄と感動を覚えるものがある。

やっぱりウィンブルドンセカンドウィークなのだ。

そして5時間近くを戦い抜き、

実質的には6セット分プレーし続けたナダルと、

ナダル相手にそれほどの試合を制したミュラーには、

ただただ賞賛と低頭の気持ちを抱くばかりである。

ベテラン達の面目躍如、

ぶつかり合う闘志とテニスへの献身が本当に素晴らしい。

 

男子は4回戦(ベスト16)で行われた8試合のうち、

4試合がフルセットにもつれ込んでいる。

マレー、フェデラー、ラオニッチ、チリッチ、ベルディヒミュラー、クエリー。

全体にサービス力があり、芝を得意とする選手が、

結果としてやはり残っていると言えそうだ。

クレーを得意とする選手と、クレーならではのプレーの特色があるように、

勝ち上がった選手を見ると、

芝で勝つための条件と、

芝で戦うことの難儀さを教えてくれていると思う。

延期となっていたジョコビッチ対マナリノ戦ではジョコビッチ勝利し、

これでベスト8の選手が確定した。

 

 

このベスト16のメンバーの中に錦織選手がいないことは、

ただただ残念である。

3回戦の相手であったスペインのアグットは、

特にフラット気味のフォアハンドの威力とプレースメントが素晴らしかった。

落ち着いた精神状態で、じっくりと錦織選手に向き合って為したテニスには破綻がなく、

あれだけミスがないと、つけいる隙も生まれにくい。

センターへの返球を軸とする錦織選手攻略のパターンがしっかりと発揮されていて、

錦織選手が徐々に術がなくなり、

追い込まれていく展開になったように見えた。

 

ミスがあまりに多く、大事なポイントで集中力が途切れ、疲労度も深刻そう…など、

錦織選手のコート内外の要素を鑑みての厳しい評価も数多く存在しているようで、

確かに昨年の夏あたりまでのプレーと比べると、

キレが鈍いと感じる部分はあるけれども、

むしろ本当のところ、怪我は大丈夫なのか…

本当に良くなっているのかの方が気になる。

今後は得意とするハードコートでの戦いが待っているので、

そこでのプレーに注視しつつ、引き続き応援していきたい。

 

 

ところで、女子の方は1日早く、ベスト4が確定した。

地元イギリスのジョアンナ・コンタが残ったので現地は大喜びのようだが、

セミファイナルはビーナス・ウィリアムス。

地元の利を生かしてもなお、勝つのは大変そうな相手だが、

果たしてどうなるだろうか。

会場全体がコンタの勝利を喜ぶ中に、

往年の女子の大選手、バージニア・ウェードの姿が映し出されていた。

高速のサービスとワイルドな鋭さがかっこよかった女子選手で、

個人的には初めて好きになったプロテニスプレイヤーがウェードなので、

素敵な佇まいで笑顔を見せている姿には、誠に感慨深いものがあった。

 

コンチータ・マルチネスがスペインのムグルサのコーチをしていたり、

アガシジョコビッチのテンポラリーのコーチを引き受けていたり、

ちょっと前にはエドベリ、ベッカーもいたし、

現在進行形ではレンドルやマイケルチャンもそうだ。

男子も女子も、すっかりコーチ陣の方により馴染み深い顔を見ることが多くなった。

 

さて、ここまでくると、

どの試合も全て見逃せない見逃したくない試合ばかりになるが、

男子の方は、ベスト4には誰が残ってくるのか?

 


馨公

ゲリー・ウェバーOPはフェデラー優勝

 

湿度の高さは厳しくとも、

一年の今ここだけに現れる、しっとりと梅雨らしい光景を楽しむこともできる6月。

色彩豊かな紫陽花が見頃を迎え、

立ち寄った大型商業施設には、すでに七夕用の笹が飾られていた。

しかし日本を離れ世界を見てみれば、

南米やオーストラリアの人達にとっての6月から7月は冬の最中であり、

北欧の人々には貴重な日差しが得られるシーズンなのだろうから、

ひと口に6月とは言っても、顔かたちは誠に様々だ。

 

テニスの世界へと話を飛ばしてみると、

ATPツアーにおけるこの時期は、

全仏…芝シーズンの到来…ウィンブルドンの開幕…

というスケジュールが割り当てられている。

厳密には、全仏が5月末から6月中旬にかけて。

芝の各大会が6月中旬から後半に執り行われ、

全英が7月頭からスタートする。

つまり、2つのGSが開催されるこの6月から7月前半は、

1年の中での中盤戦のピーク、

テニスファンにとって垂涎の時期だと言えそうだ。

 

 

そんな中、ウィンブルドンの前哨戦となる芝のATP500の大会、

ゲリー・ウェバー・オープンとAEGON選手権の決勝戦が日曜日に行われた。

錦織選手が3年連続で棄権したことが話題となったゲリー・ウェバーOP(ハレ)だが、

こちらはロジャー・フェデラーが優勝。

AEGONでは、フェリシアーノ・ロペスがチリッチを激闘の末に破り優勝を決め、

共に35歳という大ベテランが勝利して幕を閉じた。

 

休み明けの復帰第一戦となったメルセデス・カップの初戦。

フェデラーはトミー・ハースに敗れ、

その結果には驚かされもしたが…

というかここでもハースとフェデラーの年齢がすごいのだが(笑)、

このハレに於いては、

ホームで決勝進出を果たしていたアレクサンダー・ズベレフ(弟)を相手に、

6-1,6-3のストレート…

もう少し拮抗するものと予想していたのだけれど、

わずか53分で下し、

本大会9度目!の優勝を果たしている。

 

 

今年のクレーシーズン前までと同様の、

軽やかな動きから繰り出される高精度の神速ストロークやドロップショット。

そこに、芸術的なネットプレーをより多めにブレンドイン。

ため息が出るような多彩な自在性、

しなやかな華麗さはそのままに、

芝ならではのテンポとプレースタイルを加味して、

決定的なシーンを実に「簡単そう」に創出していたフェデラー

芝の王者らしい見事なテニスを見せてくれていた。

 

185cmもある体躯を忘れさせてしまう、

蝶がフワリフワリと音も出さずに舞うような、

体重を感じさせない独特のフットワーク。

 

どこを切り取ってもエレガンスが感じられる、

一貫して美しい力みのないフォームから、

無駄がなくクレバーに、正確かつ素早く展開されるテニス。

 

ゲリー・ウェバー・オープンでのプレーを見る限り、

動きが良く、身体もキレがあって、

休息とトレーニングが非常にうまくなされているのだなという印象を自然と受けた。

芝のコートにおけるパフォーマンスは依然として超一級であり、

しっかり準備も万端整っているなと、

おそらく世界中の観戦者が確認したのではないだろうか。

 


ただ、35…8月には36歳となるフェデラー

年齢からくるスタミナの問題やアクシデントは、

常に懸念されるところであり、

また、ツアー参加の割り振りも例年とはかなり異なるので、

それがどう影響するのか等、気になるところもある。

 

そして何と言っても、

クレーシーズンに異様な強さを見せつけた赤土の王者ナダル

生涯グランドスラムを目指すワウリンカ、

復活をここから目指したいグランドスラマーのジョコビッチに、

昨年の全英覇者でありUKをホームとするマレー…

ラオニッチもティームも、チリッチも錦織圭もAズベレフも。

ほぼすべての上位選手が結集する、長丁場の全英だ。

 

ウィンブルドンでまたフェデラーを観ることができるだけでも、

相当に幸せなのだが、

できるだけ…という気持ちもやっぱり募る。

長年観る者を倦むことなく陶酔させるフェデラーのテニス。

果たしてどうなるだろうか?

7月3日から、いよいよスタートする。

 


馨公

夕焼け


夕日が雲を焼いて空が燃え盛り、

本当に火の海のようになっていた。

その茜色からゴールドオレンジの世界には、

まるで炎の龍の乱舞とでもいうような迫真の狂おしさや、

押し寄せるマグマの奔流のような、身のすくむような凄みがあって。

その日最後の太陽が、

己れ自身を語り尽くそうとしているかのようだった。

 

息を呑むような壮大なスケールの、

黄金に輝き満ちる壮絶な空を背にして、

鳥達が黒いシルエットとなって渡っていく。

銅鑼のドーンという音が空の奥の方から轟いてきそうな、

何か神々しさと恐ろしさが生々しく立ち現れた、

そんな夕焼けだった。

 

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馨公

赤土の王、ナダル

 

全力を尽くして、何とかしようと試みていたワウリンカが、

結局、何もさせてもらえなかった。

素晴らしいショットを何本も放ち、いいプレーも見せ、

途中心折れそうな素振りを見せつつも、

必死に試合との繋がりを保とうと、チャンスを創出しようと、

踏ん張っていた。

けれど最後まで、突破口を見出すことはできなかった。

 

ワウリンカの力をもってしても、

打開の気配すら微塵も感じられぬまま進みゆく試合の流れは、

初戦から最後の決勝まで、

大会を通してずっと変わることのなかった流れでもあった。

誰にも作用されない異次元の強さを見せつけ続けた、

赤土の王ナダルによる「ラ・デシマ」の達成。

今年の全仏は、

圧倒的な強さでラファエル・ナダルが優勝した。

今まで四大大会で成し遂げた者のいない、

同一大会における10度目の優勝となった。

 

 

ネコ科の獣のように、しなやかでタフな筋肉とバネが生み出す、

メリハリの効いた俊敏な動きと躍動。

 

太いトルクに支えられてムラのない高速のテンポと、

その持続をやすやすと実現させるスタミナ。

 

終始迷いがなくて、ミスが極端に少ない、

強烈なスピンが効いて重そうだった力強いストローク

 

感性のきらめきや直感的な反応が随所で冴え渡り、

隙のないプレーの精度は高まるばかり…という、

どうにも良い所しか思い出せないような、

目をみはる内容を繰り広げたナダル

 

 

とりわけ全仏決勝の舞台で、

ワウリンカを相手に一貫して太く濃く定まっていたナダルの集中力は、

「凝結しきっている」という印象で、

そこから生み出される試合を掌握する力にも、

ほんの些細な揺らぎさえ生じさせない!という、

確たる決意のようなものが感じられた。

際立って濁りのない闘志と迫力、

赤土の王者が示す、輝くような戦う者のメンタリティがそこにはあった。

 

メンタルの力が行き着くと、

その影響力というのは、ここまで肉体次元やプレーにも、

そして相手にも及ぶものなのか。

克己心の為せる技なのだろうが、

他のどの選手よりも心が堅く統制されていて、

揺れない揺らさないホールド感、安定感のみなぎりが半端ではなく、

また集中が切れてしまうことももちろんなく。

目に見えないはずのナダルのそのメンタルの圧力に押されて、

相手プレイヤー達の心がおののいているようにさえ見えた。

 

 

プロテニスプレイヤーとして、

そしてアスリートとしてのナダルの見事さ。

磨き抜かれたメンタル力のその強靱ぶり。

史上最強の赤土の王は全仏のコートにおいて、

真剣で、ひたむきで、謙虚で、全力で、

胸を打つ「いつも通りの」真摯な姿を見せてくれた。

 

ただしその戦う意志、心身体調万全の時の実力は、

さらなる高みへとバージョンアップされていて、

百戦錬磨の世界上位の選手でさえ、どうすることもできないところにまで、

もはや到達しているかのようだった。

 

赤土のナダルは、本当に強過ぎる。

それがとにかくはっきりと刻み込まれたクレーシーズン、

そして全仏であった。

 

 

馨公

錦織圭というアジアの星


テニスの4大大会の一つ、

パリのローラン・ギャロスで行われている全仏オープン

右手首にダメージを負い、そのリカバリーを最優先に、

忍耐とともにクレーシーズンを送ってきた錦織圭選手も、

無事に参加し、勝ち進んでいる。

 

現在その右手首はどこまで回復しているのだろうか。

新たに右肩辺りを痛めたようなシーンもあり、気にかかるところなのだが、

軸のぶれない、強くて正確なショットが久しぶりにビシバシ決まっていたその2回戦を越えた今、

もう心配よりも、ここはあえて楽観視で、

応援して過ごそうと思う。

 

3回戦へと駒を進めた錦織選手は、世界ランク67位…

韓国のチョン・ヒョン選手と当たるとのこと。

アジア勢のトップと新鋭による戦い、

どういう試合になるのかが楽しみだ。

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

赤土のローラン・ギャロス。1回戦。

深い緑色のウェアは珍しいな…と、

どこか頭の隅っこで思いながら試合を観戦していた時。

赤土の上で走り回る錦織選手…

見慣れないグリーンのウェア…

色彩の心理面への何らかの影響なのか何なのか、よくはわからないが、

錦織圭ってアジア人なんだよなぁそういえば、東洋人なんだ…」と、

アジア系、東洋圏の選手であることに初めて気が付いたみたいに、

何故か突然ハッとさせられた。

 

「世界の錦織」として活躍してきている錦織選手は、

いつからか固有名詞化しているようなところがある。

戦う場所も相手も世界が対象のため、

いつしか自分の中ではアジア感が薄れ、

ただただ錦織圭としてしか観なくなっていたのかもしれない。

けれども現実に錦織選手は日本人で、東アジア出身の東洋人。

むしろ世界が相手だからこそ、

ずっとアジアを背負い、代表し続けてきている選手なのだ。

 

 

欧米圏、豪州が引っ張り続ける男子テニス界は、

強さと実績という観点から見れば、

圧倒的に西洋主体、西洋主導のスポーツである。

数々のドラマを生んできた四大大会はもちろん、マスターズやその他の大会においても、

数多の覇者と挑戦者がしのぎを削ってきたその歴史を紐解くと、

そのほとんどを欧米豪の選手が占めており、

その後ろを中南米勢やロシアが続いていく。

 

強者は西洋圏出身プレイヤーオンリー…

それが今更言うまでもないくらいの男子テニス界の実際であり、常識なのである。

選手や関係者には申し訳ない言い方になってしまうけれども、

西洋はメジャー、残念ながら東洋圏はマイナー地域。

少なくとも西洋から見れば、

そうカテゴライズすることに異論は生まれないだろう。

 

もともと相対的に背が低くて、線が細いディスアドバンテージをもつとされるアジア系アスリート。

白人黒人選手のパワーに対抗できる筋力、体力。

個の強い西洋人の中でも戦い抜ける、激しい競争心と確かなモチベーション。

長いツアー生活に耐えられる心身のスタミナ、タフさ。

財政面や人種・文化の相違等、アジア系ゆえに起こりえる様々なコート内外の事どもに対応処理できる能力。

そして、西洋圏出身の選手を上回るテニスの実力。

 

欧米豪などの西洋人と、主に西洋のフィールドで戦う以上、

アジア系のディスアドバンテージを踏まえつつ、勝つための条件を継続して保つ…、

又はより高め続けていかなければならないことは明白である。

というより、それが基本線なのかもしれない。

アジア系のテニスプレイヤーの道はかように過酷で、生き残るのが極めて難しい道。

誰にでも容易に想像がつくようなシビアさである。

 

 

190cmを超える長身、豊かな体躯に恵まれることが、

まるで必須項目のようになってきている男子テニス界だが、

アジア系で、180cmに満たない錦織選手は、

過去数年間にわたって、世界のヒエラルキーのトップクラスに位置し、

BIG4や一部トップランカーを除く、ほとんどの選手達を凌駕してきている。

そして同時に、

トップ50以内にランクしてきた、ほぼ唯一のアジア出身選手でもある。

ずっとただ1人、突然変異のようにぽつんとそこに居続けている。

 

アメリカで10代の頃から鍛え上げられてきたからこその強さだとも言えるが、

世界中から集まった本気でプロを目指す面々の中でも、

勝ち抜いた…勝ち抜くことができたということでもある。

錦織選手が獲得してきたポジションをアジア系として鑑みる時、

それはどれだけイレギュラーなことなのか…。

 

おおよそ過去40年間、

現代テニスの父のようにうたわれるビヨン・ボルグ以降の男子テニス界において、

トップ5に届いたアジア系選手はたった2人しかいない。

アメリカ人だが台湾系のマイケル・チャンと、

日本人の錦織圭だけである。

純粋なアジア圏出身となると、錦織圭ただ1人である。 

ベスト20で調べてみたところ、

アジア圏出身のプレイヤーは、タイ出身の選手(9位)が1人いたという少なさだった。

 

過去40年でたった2人しかいないトップ5経験者。

その2人が師弟となりタッグを組んで、

本当の意味ではホームのないアウェイの環境の中、戦っている。

その事実を思うと、身震いするものがある。

 

 

世界の側から見た場合、

マイナーに位置する東洋圏から、なんでこんなすごい選手が出てきたんだろうと、

ただ不思議に思われてきたのだろうか。

それとも、アジア出身の選手に負けるなんて情けないと、

西洋圏出身の選手達はハッパをかけられたのだろうか。

 

日本人、として見てももちろんそれはそうなのだが、

東洋というくくりで改めて見直してみると、

錦織圭というテニスプレイヤーがいかに希有で特殊な存在なのかを思い知らされる。

欧米のメディアが錦織選手を形容する際に、

アジアの星、東洋のスーパースター、と表現をするのを度々目にしてきたが、

実のところ自分はその意味を、正しく理解してはいなかったのだなと、

今更ながらに、改めて、教えられた気がしている。

 

40年間でたったの1人2人…というテニスの歴史を思えば、

西洋の選手たちとしのぎを削り、ベストテン内に東洋人が在籍するなど、

通常では考えられない事態である。

個の強い欧米豪人の中で、

選りすぐりの中のさらに最上のファイターだけが勝ち残る世界、

その過酷な場所でただ1人、世界屈指の位置に当たり前にいる東洋人。

 

世界中の選手達や、テニス先進地域の西洋出身の選手達、

皆がほんの一握りのプロ中のプロしか辿り着けない天空の地を目指す。

そしてそのほとんどの選手達の願いは、叶うことがない。

そういうまさに万に一つの場所に、かつてマイケル・チャンはいて、

今錦織選手が存在している。

錦織圭というアジアの星。

その輝きの価値や凄さと、輝くための労苦と犠牲。

もしかしたらその異質な星をリスペクトし、輝かす大変さを最も理解しているのは、

日々戦う相手となる西洋の選手達なのかもしれない。

 


全仏3回戦は、

東アジア出身同士のアジア系対決という珍しい初顔合わせ

日本人の…、大きくみれば、

アジア系、東洋人でただ1人トップエリアに輝くスーパースターに、

新しくそこに近づこうとするアジア出身者の挑戦、

そんな構図の戦いである。

 

こういうアジア勢同士の試合がこれからはもっと増えていくのだろうか。

テニスに新たな角度からの楽しみが生まれていく。

3回戦、どうだろう。

錦織選手の怪我が心配なところだが…ではなくて、

楽観視で、観戦を楽しもう。

 

 

馨公

ゼラニウム

 

まっすぐ伸びる細い茎の上に、

密集して咲く花がぽっこりと丸くて、

どことなくぼんぼりや小さな提灯を思い起こさせる形。

その姿で風を受けると、

メトロノームみたいに花房があっちこっちに揺れるものだから、

思わず頬がゆるんで、目尻も下がってしまう。

 

数多く一斉に花開いていると、薔薇やカーネーションに似て見える。

思いのほか艶やかな装いは、侮れない豪華さだ。

真紅や赤、オレンジやピンクに白、バイカラー…

カラフルな挿し色のようにその場をパッと明るくさせて、

目にしたこちらの心にも、

驚きや高揚をもたらし、喜びを運ぶ。

 

会話が弾んでいるの?と聞いてみたくなるような、

隣り合う花たちの賑々しい元気さ。

わぁ…と顔がほころび足を止めて見入ってしまう、

花たちのその素敵で甘やかな愛らしさ。

今、チャーミングなゼラニウムが至るところで咲いている。

住宅や店先にある鉢植えやハンギングプランターに。

マンションの植え込みや大通り沿いの花壇に。

バリエーションのある花の色が、

見慣れた風景の中、彩りを添えている。

 

 

生命力を感じさせる目立つ色と、愛嬌のある玉状の花房。

その絶妙な取り合わせで、束になって満開となれば、

溢れんばかりにその場いっぱい…みたいな格好にもなり得るのだが、

単体一つ一つ、花をそばで観察していると、

むしろ可憐な優しみのある質感が滲むように伝わってくる。

どこか控えめというか…慎みが感じられて、

他の色とりどりの花々ともぶつからずに調和し、

不思議と周りの花の魅力は消し去らない。

小さな花もゼラニウムの側では掻き消されずに、

愛くるしい表情を見せるのである。

 

自ら鮮やかに光りつつも、

そこにある空気感は壊さずに他の花々と馴染んで、

場を構成するパーツの一つとなっていく。

一歩引いてというよりは、一歩前に出ることをせず、

周りとの兼ね合いを図るようなスタンス。

ゼラニウムにはバランサーのような資質、特性があるのではないかと思えてくる。

個の主張やアピールよりも、バランスがメインテーマのような生命の在り方を、

しているようにも見える。

 

 

人と自然がハートでブレンドされるような心地よい共生の関係を、

生活圏の中で優しく…易しい形で、

演出してくれるゼラニウム

生活する人の側、日常の暮らしの中で、

バランスを取るその役目を果たすかのように、

無理なく何気なく、場に快い雰囲気を生みだす素地の一部となって、

馴染んでゆく。

 

居間の小さな鉢植えや、お庭の花壇や植え込みから、

灯火のように朗らかな色で周囲を明るく照らし、

己れの柔和さを波に変えて、

花を通して、まわりに安心の気を溶かしてゆく。

 

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馨公